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某日早朝、以前から目をつけていた向日葵畑にて。 Nikon D750+AF-S Nikkor 28/1.8G (f8, 1/800sec, ISO100)

観光用でも何でもない、たぶん種を作物として収穫するための、純粋な農業用の向日葵畑である。昨日までの快晴が嘘のように雲が多い空だったが、それが幸いしたように良い具合にレンブラント光線が出てくれた。景色は典型的な越後平野の風景で、だだっ広い平野の遥か向こうに越後山脈のシルエット、そして朝日。

こんな「隠れた風光明媚」があるのが新潟県の特徴で、地元の人間も意識してないから気が付くことはない。もちろん観光客が訪れるような場所でもない。

ちなみにこの後、俺はこの朝日に向かって…走りはしなかった(笑)。

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by a7m3-sam | 2016-08-15 15:46 | 太陽

恋人岬の黄昏

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「恋人の聖地」というのは日本中にいくつもあるが、「恋人岬」は日本に二ヶ所しかない。西伊豆と新潟県柏崎市がそれで、どちらも米領グアムにある恋人岬と提携関係にある。

伊豆の恋人岬はハッピーエンドの恋愛物語(民話)がその根拠となっている。しかし柏崎の恋人岬の逸話は、最後は男女ともに死んでしまうという悲恋の物語(佐渡情話)で、しかもその二人は佐渡~柏崎間の海を挟んだ不倫関係という、とんでもない話だ(笑)。

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純愛と不倫では、同じ恋愛でも世間一般の受け取り方がまるで違う。
ただ単純な分類をすれば、純愛は男女ともに配偶者のない立場…所謂独身で、不倫は男女どちらかないし両方に配偶者がいる場合ということになるが、男女独身同士の場合でも遊びのこともあるし、どちらかに配偶者があった場合でも男女ともに真剣に付き合ってることもあるだろう。恋愛の形というのは本来決まった形態があるのではなくて、それぞれの事情によるのだと思う。それでも少なくとも日本では不倫は道徳的に悪いこととされるのが一般的だし、戦前の大日本帝国憲法下の日本では不倫は立派な犯罪だった。今でも古い価値観の国では法律で不倫を裁く国は存在する(イスラム教の国はたいていそうだ)。それに対して欧米先進国では、フランスなんかは一応婚姻制度というのが法律上残ってはいるが、価値観的には夫婦なんてのはほとんど崩壊していて、シングルマザーとか離婚経験者とか、片親の子供なんてのがごく普通に存在して、特にそれでどうしたということもない。日本みたいに変な色眼鏡で見られることもなく、彼らは社会の中で堂々と暮らしている。恋愛に対して開放的で自由なんだと思う。当然不倫も普通にあることなんだろう。

ここで不倫の是非を断言するつもりはないが、誰にでも相手を選ぶ権利はあるのだから、恋愛するのにわざわざ配偶者付の厄介な相手を選ぶ必要なんかない、堂々とお天道様の下を歩ける相手を選べば良いことだと思うのだが、男女の出会いというのは人の意志でどうなるものでもない、ある日突然訪れて、しかも相手がどんな人かなんて予想もできないから、たまたま出会った相手がその「厄介な人」で、そのままズルズルと行くこともある。実際にその厄介な条件を乗り越えて幸せになる人もいるんだし、後は本人たちの気概と忍耐と努力次第ということだろう。

新しいことをやろうとすれば得るものもある代わり、古いものを捨てなければならない。その古いもの(既存の家族)を捨てられない人が恋愛をしようとすると「不倫」に走るんだと思う。それがお互いに納得した上でのことなら、少なくとも表面上の関係は維持できるだろう。しかし、俺が見てきた場合に限っていえば、男女どちらかが死ぬほど辛い気持ちに耐えながら続けているのが殆どだったように思う。それは捨てられる覚悟を持った方が苦しんでいる場合が多くて、捨てられない人が相手を都合良く利用しているように見えた。

変な話になっちまったな(笑)。
結局、気持ちがピュア(純粋)であるほど苦しいってことなんだろうね。

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by a7m3-sam | 2016-03-27 01:28 | 新潟県の風景